ノイローゼ職長と学歴信者現場監督の話
またビクトリア州だけコロナ規制が厳しくなり始めてます。感染源の主は海外からの帰国者らしいんですけど、言うても、政府も多少お勉強したみたいで、トラッキングって感染経路の追跡、家に直接訪問も含めた検査の徹底、ホットスポット箇所を割り出してそのサバーブ限定で規制をかけるとか、柔軟にやんないと経済止めとくままでは何もたちいかないっての目に見えてますんでね、相変わらずトイレットペーパー買い締めちゃうアホは多少出てますけど、政府の対応は頑張ってると思います。明日からまた州境締めるとか。
もうめんどくさいなー。笑 吉田です。
仕事中にあら綺麗。で思わず撮ったヤツ。
前回かるく予告したんですけど、私の中の考え方の流れとしてはですね。
海外へ興味を持つ人たちともっと繋がっていくべきだな。
↓
じゃあそういう人たちが繋がれる場を創ろう。
↓
youtube始めました。
↓
Twitterも宣伝のため始めました。
↓
ええ?Twitterてこんなにアホが多いの?こんな人ら相手にしていくのしんどいわ。(個人の勝手な感想)
↓
まあいいや。(割と引きずらないタイプ)そりゃ全ての人に理解してもらおうてのは無理だ、共感してくれる人だけ相手にすればいいや。
↓
じゃあもっと自分の経験から来る話をした方がわかり易いだろう。
という感じの気持ちの流れで今回から昔語りをやっていこうかなとおもっちょります。
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んで今回は「ノイローゼ職長と学歴信者現場監督の話」
15年以上前のことですけど、当時アタシが30歳手前ぐらいだったと思いますけど、広島で自営内装職人をやっていて、弟2人従業員に抱えて、「メガネ内装」って屋号で細々といろんな現場の請負仕事をこなしてたわけです。(兄弟皆メガネだったんで笑)
当時、今もかな?日本5大スーパーゼネコンとか呼ばれたりするゼネコン(general contractor ゼネラルコントラクターの略。総合建築会社のこと)があって、大きめの現場になるとよく下請けの下請けのまた下請けみたいなノリでよく仕事行くことがあったんです。私自身は弱小零細ですので直接大手ゼネコンと絡むようなことは少なく、(めんどくさいので直じゃ絡みたくもないし笑)だいたい知り合いの中堅会社の社長さんから声かけてもらって孫請けで応援に入ることが多かったんです。応援ってのは元請けから直接受けてる会社の人たちだけじゃ終わらない、廻らないような現場にヘルプに行くことですね。現場仕事されてる方ならこの辺の事情わかり易いでしょうけど、大手ゼネコンてのは何かとめんどくさいんですよ笑。現場入場前からやれ安全対策資料だ、年齢制限だ、資格証だ工具点検だと、アホみたいに書類を書かされて、その内容もすべてが責任転嫁の理由づけ、というか事故が起きた時にゼネコン側には責任ありませんよってのを約束させる書類が多いんですよね。笑
まあ、大きな企業のやり方としては正しいのでしょうけど、個人的にはあんまり好きじゃないなぁてのは当時から思ってましたね。笑
そんで、ある日とあるショッピングモールの現場に応援で入ったんです。これまた当時、雨後の筍のごとく全国各地で大型ショッピングモールを建築してた覚えがありますが、広島というか山陰、山陽地方でもいくつか並行して建設していたんです、そうするとですねすべての職種で現場の職人さんの取り合いが起こるんですね。大型ショッピングモール建設となると最盛期には一日に100種以上の業者が現場を出入りして同時に2000弱の職人が各所で作業してるなんて状況になるわけですよ。それが中国地方だけで数か所同時に建築が始まると平気で人手不足が起こるわけですよ。他の業種はわかりかねますが、私のやってた内装業に関しては、会社同士の横のつながりが盛んでしたので、どこどこの会社の伝手で九州からとか大阪から応援に来たなんて職人さん達と一緒に仕事するなんてことも珍しくなかったですね。で、とある現場に入ったと。そこは大型とは言わないまでも2フロアーの中型ショッピングモール現場でしたが、多聞に漏れず内装職人不足丸出しではあったんですが、まあよくあることですし、どこの現場でも最後には他所の現場から職人かき集めて一気に戦場状態になって終わらせるなんてパターンはザラでしたから、ここもいずれそうなるでしょうと感じながら兄弟3人のんびりやってたわけです。
その現場はもちろん大手5大ゼネコンの一角が元請けで、内装を任された子会社はどうやら鳥取の老舗内装会社で地元では「大社長」なんて呼ばれてるやり手のおっちゃんがいるらしいのですが、その人と付き合いがあって任された鳥取のおじいちゃん職人さん(当時30前の私から見たら爺さんに見えただけで60前くらいだったと記憶してますが?定かじゃない笑)が自分のクルーちゅうかお抱えの職人さんを数人引き連れて孫請けで広島まで出張で来てるという状態でした。4人だったか5人だったか?職長であるおじいちゃん職人入れてそんくらい。私らが応援で入った時点ですでに少し元請けゼネコンが指定する予定工期に遅れが出始めてた感じでしたね。
それでもまあやれるだけはやりましょうと、ぼちぼちと、予定工期に戻すために少しばかり残業したりしてやってたんです。でもまあ普通に考えて人数が足りないってのは明らかに目に見えてて、残業もなんか体裁のためちゅうか、やってますよ感を出すためにある程度時間来たら帰りましょうか?みたいなノリでやってたんですよ。実際そうするしかできませんしね現場サイドからしたら笑 今いる人数で夜中まで残業したところで疲労がたまって怪我でもしたら少数精鋭でやってる状態に穴が開いてたちまち計画大崩壊になってしまいますしね。ゼネコンの監督さん達からは常時人増やせ!夜中まで残業しなよ!って言われても私ら職人ですし、直請けしてる大社長に言ってくださいよ笑って返してたんですよ。ましてや私なんかは応援で広島で付き合いがある社長さんに紹介されてきてる者ですので、鳥取の大社長のことも知りませんし、おじいちゃん職長たちとも初対面ですから、現場の先行きを聞かれても知りませんよ。って答えてりゃよかったんですよね、立場的にも笑
いやー当時私も若かったし、広島で俺よりできる職人なんかいねえだろぐらい無駄に自信過剰でしたので(黒歴史笑)、生意気に映ったんでしょうか?できる奴にみえたのか?なぜか副職長に抜擢されまして、今考えてもおかしんですけど、普通は職長さんが連れてるグループから右腕的な人材を副職長にすると思うんですけど、この辺の流れをよく覚えて無いけど、なぜか応援で入って来た私が副職長に任命されまして、まあ副職長くらいは別にやってもいいですよって軽返事で承認しまして、このゼネコンの場合職長は赤、副職長は青のライン帯をヘルメットにつけなきゃいけない決まりで、恥ずかしいけど着けてましたよ青ラインw。
職長てのは文字通り、職人をまとめる長なわけで、毎日「職長会議」に参加して、他の業種との連携、取り合いを確認しつつ、工程に沿うように人選、適材適所への仕事の振り分けなどをこなすわけです。副職長は職長の補佐で職長が回り切れない仕事や材料の拾い出しや職人配置の補助とか、こまごましたことを自分の担当の仕事と同時にこなすぐらいのことで、職長ほど負担は多くない。はずだったんですが。
副職長にされて一週間?くらいですかね?おじいちゃん職長が現場に来ない。連絡とれない。他の鳥取職人さんたちに聞くと、どうやらノイローゼになって倒れたと。現場にはしばらくこれそうにないと。今でいう鬱病ですね。当時はそんなにメジャーな言葉じゃなかったですし、他の忙しい現場、戦場系現場でも職長ノイローゼで飛んだ。なんて話は聞いたことありましたんで、あらあらと。面倒なことになったぞと。笑
下手に副職長に任命されてたもんで、その日から職長代わりの副職長ですよ。いや状況が状況だったんで、私をこの現場に紹介した広島の社長さんにも、「吉田君。無理そうなら代わりの人間建ててもいいよ。」と言われましたが、大丈夫です。どうせならやらせてください。そんかしだいぶ助けてもらいますってまた軽返事で引き受けちゃいましてね。笑
(広島の社長さんもこれを機に鳥取の大社長さんに恩を売っておければ儲けもの。という算段があったようななかったような笑 そういう会社同士の駆け引きありますよね笑 嫌いじゃないです笑 あんまり現場の職人が考えることでもないですけど笑)
まんまと職長会議に強制参加する羽目になったんですが、ソコにノイローゼの、いやこの現場全体の原因があったんですよ。
大体のゼネコンでの大きめな現場の職長会議の場合。現場事務所に併設した仮設プレハブ内の会議室、前列のホワイトボードに現場の拡大図が張り出され、各業者の次の日の作業範囲、作業内容、人員数が並んで書き込まれ、そのホワイトボードの前にゼネコンの監督さんたちが並んで座り、一人が司会進行。各業者職長は監督さん達と向かい合うように並んで座り、各業種ごとに次の日の作業内容などの確認、取り合いの打ち合わせを発表、さらにクレーンや材料搬入リフトの時間調整、などをしていくと。現場規模にもよりますが、大きい現場だと各会社から代表者一人ずつの職長会議だけで100人以上参加、現場事務所のプレハブ満員キツキツで暑苦しいわ!とかもよくありましたよ。笑 その現場は50人くらいだったかな?忘れた笑
それぞれ各ゼネコンの会社の色や規模によっても違うし、それぞれの現場を総まとめしている現場所長によっても違うのですが、職長会議ってのはその現場の色が出るというか、雰囲気、方向性、みたいなものを色濃く映しているように私は感じてるし、色んな職人さんたちもよく言ってました。 のんびりやりましょう安全第一。みたいな空気感の時もあれば、工期絶対厳守!戦場じゃココは!な雰囲気もあります。ゼネコンの監督さんたちの雰囲気次第ですね。ゼネコンの監督の仕事の良し悪しが最も出るとこともいえます。
んで、この現場の監督さん達はかなり?ちょっと?かたよってたのかな?たぶん。
所長さん自体は大元請けであるお客さんへの対応や地域住人への対応なんかで現場にはあんまり出てこないので、その現場通してあんまり話す機会はなかったと記憶していますが、副所長?まあ所長さんのその現場での右腕的立場で現場を実際に取り仕切って廻す役割の監督さんとはほんとよく絡んだんですよ。んで、この副所長さんがガンだったんですね。笑 いや仕事はよくできる方でしたよ。細かい建築法なんかもちゃんと知ってるし、全体の流れをちゃんと理解してるし、しかしながら、性格でしょうかね?超学歴信者というか?下請け業者ををすごく見下してる感があったんですよね。苦笑
職長会議はそういった色が出て、なんともまあ高圧的というか、貴族と平民の話し合いの場ですか?みたいな笑
監督さんサイドの要求は絶対。言う事聞けない業者は出ていけ!代わりはなんぼでもおるぞ!みたいなセリフが平気で飛び交っていましたよ。いや、たまにあるよ。そういう体育会系というか上下関係強調、命令口調、下請けは黙って仕事しろ!みたいなゼネコン?というか監督。たまにおるけど、そこはもう絵にかいたような縦社会でしたね笑
ガラス屋さんだったかな?なんかめちゃくちゃいじめられてて、工程遅れ気味だったとこに材料の発注ミスかなんかでさらに遅れちゃうと、どうするじゃそれ!責任とれるんか?工場まで寝ずに取りに行けだなんだこうだと。前に並んだ監督連中から雨あられの罵声のようなヤジ。そのガラス屋の職長さんもおどおどしちゃって大汗かいてすいません。すいません。何とか増員して間に合わせます。すいません。と平謝りみたいな。なんだこの殺伐とした職長会議は?笑 初めて副職長ながらも参加した会議でビックリしましたね笑 みんな職長なんで赤いラインが入ったヘルメットで会議に参加してる中(室内ではメット脱いで横に置いとくんだけど)、一人だけ青色のラインで入って来て座ってるもんだから気持ち浮いちゃってたけど笑 「内装屋さん?あんたのとこの職長はどうした?」って聞かれるから「ノイローゼで倒れましたー。代理でーす。」と答えて。あとで他の業者の職長さんに聞いたんですけど、ガラス屋さんがいじめられる前は内装のおじいちゃん職長がいびられていたらしい。ほうほう。こいつらがノイローゼの原因か。そりゃあの感じで全員の前で監督連中から毎回まくしたてられて、更には監督連中と仲がいい?つながりの深い一部の業者の職長たちからもヤジが飛んでくるような会議に毎日出てたらメンタル弱い人はやられちゃうぜ。という感じを一発で理解できるほど、一方的な主従関係を印象づけるような雰囲気の職長会議でしたね。こりゃエライたいぎい(とてもめんどくさい)現場を担当する羽目になったな。と多少後悔しつつも請けたもんはやるしかない、変な雰囲気に飲み込まれないように気を付けよう。と考えていました。
結局、おじいちゃん職長は復帰の目途が立ちそうにないので私が完全に現場を請け負う形になり、とにかく人数が必要なのは見えていましたが、前述したように他の県でも大型ショッピングモール現場がいくつかあったので、広島の社長さんに応援を要請するも人が確保できないと。一か月は無理だと。しょうがない、一か月ぐらいなんとか今の人数で持ちこたえましょうと。
この~、中間管理職ちゅうんですかね?笑 元請けのゼネコンと下請けの社長さん達の間に挟まって現場の流れを見ながら交渉してくんですけど、こういう出鱈目に工期が間に合いそうにない現場の場合、「最終手段」として全国展開しているゼネコンさんに全国から人を集めてもらう。って方法があるわけです。しかしながら、それをやると大抵足元見られて通常の倍ほどの人工単価で、全国でも仕事が無くて暇してるような知らない職人を押し付けられて、下請け会社の儲けは削られ、さらに禄でもない職人混ざってたりして現場余計に無茶苦茶にされるなんてこともあるわけですよ。笑 なので最終手段はなるべく使いたくないという下請け社長さんの想いも組みつつ、ゼネコン監督の工期間に合わせろ!にも対処していくという、七面倒な立場をこなさなきゃいけなかったわけですよ。確かに、真面目で責任感が強い人は思い悩んでしまうのかも知れませんね。私の場合は、作業のことは管理しますが、人を集めたり、お金の流れ、会社同士の付き合いなんかは私の仕事じゃありません。って態度ではっきりしてましたんで、そんな気に病むことはなかったですよ。笑
毎日毎日お昼の休憩になるとゾロゾロと各業者の職長さんたちがプレハブ事務所の会議室に集まって主従印象づけ会議をやるわけですが笑 もちろん日に日に遅れていく内装業者の私に非難が集中するわけですよ笑 立場的には逆ギレしてもいいところなんですけど、そこは広島の社長さんやまだ見ぬ鳥取の大社長の顔もあるので、板挟みとはいえジっと我慢しなきゃいけないわけです笑 下手に言い返して「お前のとこの職人はどういう教育してんだ!」って話に持っていかれるのは目に見えてたんで、そんな「馬鹿に引っ張られて馬鹿になる」気はさらさらなかったので、間に挟まれて大変なんですよ感を出しつつ、ちゃんと説明して、他の現場もあって人を集めれないですから他の業者さんとの取り合い(内装終わってないと次の業者が入れないとか)があるところからやらせてください。今いる人数でできる範囲やってきますんで、ご協力ください。てね。
細かいこと言えば、他の業者さん、電気屋や配管屋、ペンキ屋、エレベーター屋、床屋、ガラス屋など職長会議に出るたびに顔見知りになっていくので、個人的に事情を話して、職長がノイローゼで飛んじゃって自分も大変なんスよ。助けてもらえませんか?って人情に訴える作戦を展開しつつ、そこ急いでんスね、じゃあ明日2人そっち廻して先終わらせるんで、ココんとこ、いついつまで待ってもらえませんか?とか、電気屋さんコッチのこの辺明日までに下地組み終わらせるんで、様子見て配線やっちゃってもらえません?足場崩し終わる前にかましといてもらっとくとありがたいです。とか、配管屋さんアソコまだ材料来てないんで待ってもらっていいです?監督に謝っときますんで笑とかとか。より円滑に仕事が進むように、根回し根回しで笑。そうしていくと徐々に職長会議でも的にされなくなってくるわけですよ。あいつは精一杯よくやってる的な空気に持ってくことに成功したんです。笑
そんなこんなで一か月現場把握と業者ごとの人物把握に費やしてた頃、何だったか?休憩所だったと思うけど、副所長さんとその取り巻き下っ端監督たちとさらにはそのゼネコンとズブズブの付き合いだと噂の土方の職長と喋る機会がありまして、なんかホントジャイアンとスネ夫とのび太みたいな会話を繰り広げてて笑 言うてその土方の社長職長さんはガタイもいいし、昔ながらのイカツイ系なんですよ、ほんで副所長は背のちっこい軽くおかっぱ気味の見た目全然ジャイアンじゃないんだけど喋り方ジャイアンみたいな、下っ端監督は細身で背の高いスネ夫そのまま大人になりましたみたいな笑
のび太「いやーさすが副所長、何とか終わりが見えてきましたねー」とかなんとか、
ジャイアン「まあ、アンタラが頑張ってくれてるから、次のどこどこの大きい現場も○○さん(のび太の会社名)に頼むようにするわ。次は私は所長になるだろうから指名するよー」とかなんとか。
スネ夫「いやーさすがジャイアンさんの仕切りですからねー、けどドッカの内装屋が遅れてるからそいつら次第ですよねー」とか真横にいるアタシにTHEイヤミをかましてきたわけですよ。
さすがに私もイラっときたけど、ココで切れたら今までの頑張りが水の泡だと思いなおしながらも、ノイローゼおじいちゃん職長が頭をよぎり、
「職長がいじめられてノイローゼにならんかったらココまで遅れて無いんすけどねー笑」とバカの振りして切り替えしたところ。
スネ夫「下請けなのに無責任に現場から逃げるなんておかしいだろ!大体そんな下請けやりたくなけりゃ大学いってゼネコンに就職しろよ!」
ジャイアン「うちの会社みたいに大卒じゃなきゃ入れない大手に就職しないと、君たちみたいに下請けとして体使うしかないんだよー」どうたらこうたら。
のび太「そうですよねー苦笑」
私の心の声(マジかこいつら?あたしより年上でこんなしょうもない事しか喋れんのか?マジで言ってるな。怖っ。アタシは大学行かなくてよかったなー笑 のび太?アンタ仕事貰うためとはいえソコは愛想笑いすんなよー、まああんたのとこ若い従業員多いもんねー飯食わさなねー大変ですねー社長は笑)
とか気持ちが顔に出てたのか、ちょっとイラっとしてたのか私も売り言葉に買い言葉で、
私「大卒で還暦前のじいちゃんいじめて何が楽しんスか?ごちゃごちゃ言われてても人が集まらんのは僕の仕事じゃないですからね。人さえ揃えばこんな現場、秒で終わらせますよ。笑」って言っちゃったら、ジャイアン怒気はらんじゃって。
ジャイアン「言うたの!人集めたるで!何人いるんじゃ!100か?200か?その代わり絶対工期間に合うんだろうな?あ?」ってなっちゃって。
私「50人くらいいれば十分でしょ?変な職人集められても終わるもんも終わらんなるんで、所長さんから直に鳥取の大社長に催促するように言うてもらえますか?そしたら意地で集めるでしょ?それでも足りないならよろしくです。笑」ってことになって。
次の日、急遽鳥取から大社長召喚。
実はそれまでに、広島の社長さんとしっかり打ち合わせしてて、日に日に遅れてもうゼネコンの予定工程から1か月以上の遅れが出ていて、遅かれ早かれ人間をぶち込まれる形になるのはわかっていたので、ソコは上手くゼネコンに介入される寸前で鳥取の大社長を引っ張り出そうという手筈になっていたんです。まんまと上手くいきましたよ笑
大社長と初対面。おじいちゃん職長とは長い付き合いらしい。病気になったと聞いて心配はしていたがそんな事情があったとは、すまん吉田君気を使わせたな。人は私が責任もって集めるから、悪いが最後まで終わらせてもらえるかね。とのこと。話の分かる社長さんでしたよ。さすが大社長とかよばれてるだきゃある笑
ほんでホントに次の日、どっから沸いて出たんだか50人内装職人さんご来場しました笑
ひえーでしたけど笑 なんとか廻しきりましたよ。とても楽しく仕事しましたよ笑
色んな会社から来てる職人さん達。鳥取の大社長が呼び寄せた20人近くのひとまとまりと、あとは5,6社広島の会社から数人のグループで、面識ある人もいたりいなかったり、それぞれがいろんな伝手で入って来てるから、来れる日にちもバラバラで、人間の調整が一番大変でしたね。職人さん同志でも馬が合うとか合わないとか、あの会社の奴らとは仲悪いから離れて仕事させてくれとか、この場所は仕事が延びんけぇ銭にならんでぇもうちょい儲かるとこやらしてくれえやーとか、ワシらは歳寄りが多いけぇあんまりバタバタするとこは勘弁してえよ。とか、こんな金にならんとこやらされるなんて聞いてないでぇーどうなっとんなら?とか、あの業者が文句言うてきたが喧嘩してもええんかね?とか、人物把握がほんと大変でしたよ。土地柄か職業柄か癖が強い人が多い多い。そりゃあまあ「応援」に来てもらってる立場ですからなるべく皆さんの要望には応えつつ、もちろん他の業者とも職長会議のみならずも打ち合わせしつつ、従業員の弟2人は他の職人さんに預けつつ、途中で弟一人怪我しちゃって、労災申請。スネ夫に「普通は組(ゼネコン)に黙って病院行くけどね。どういう教育してんだか?次から仕事貰えんのじゃない?」とかクソみたいな労災隠しのイヤミを言われたが取り合わず。笑 (注 最近はどうか知らんが「労災隠し」は昔は結構あった。労働災害事故が起こると警察が介入して現場が止まることもあるので、ゼネコンと口裏を合わせて現場以外でけがをしたことにする。ってのは何度か直で目撃したし、証拠はないが人ひとり死んだ事故をもみ消された現場に居合わせた人と話したこともある。実はオーストラリアでも現場仕事ではたまにあるらしい。おもいっきり犯罪ですよ。気を付けましょう笑)
途中、職長会BBQとかあって職長連中だけ呼ばれてドラム缶焼肉とかしたなー懐かしい笑
最初から来てた鳥取の部隊(おじいちゃん職長のグループ、一応本隊 笑)が内輪揉めしちゃって一人職人さんがもう鳥取に帰る!とか言い出して、何か知らんが飯に誘って人生相談みたいになったなー笑 相手年上だったけど 笑
副所長も日に日に工程の遅れが改善していくし、私の仕事はほぼ完ぺきに進めていたので笑 機嫌も良くなっていきました。(裏でしっかり根回しまくっていたので、副所長嫌いな職長さんたちはみんな私の味方をしてくれるようになってましたしね。失敗が起きても副所長の耳に届く前に皆さんに助けてもらっていましたから、副所長目線で見ると完璧に見えていたはず笑)
そんなこんなで1か月以上の遅れを50人1か月フル稼働で廻しきって、予定工期に戻してやったわけです。要は倍の仕事量を1か月で終わらせた。ざまあみろと笑
ってことがありましたね。おかげで広島では多少顔も売れまして、「ああ!あの酷い現場のメガネ内装さん?」とかその後声かけてもらえるほどにはなりました笑
思いがけず長編になっちゃいましたけど、すいません笑
学校行っても意味ないどころか害になる!って私が言ってる根拠の一つです。
いや、理解はできます。仕事のため。お金稼ぐためには、色んなやり方がある。人に合わせなきゃいけなかったり、会社の方針に合わせなきゃいけなかったり、思ってもないようなことを言っちゃったり、わかりますよ。
ほいでもよ、上下関係や主従関係を前面に出して人に高圧的に対応するのはどうなのよ?思うよ。ましてや還暦前のジジイをいじめるかね?学歴を根拠に笑 馬鹿らしい。
そういう根性を持っちゃうのって学校教育とかクラブ活動もかな?からくる競争意識の行き過ぎ系というか、縦社会、年功序列みたいなものに変に順応し過ぎた結果、それがすべての人にとって共通してるって勘違いしちゃってますよね?日本の大手と呼ばれるような企業ではこういうの未だに横行してるんでしょうか?ブラック企業とか言われ出したんで社会全体的に横行してるっぽいけど。馬鹿らしい。
私の場合は、人の振り見て我が振り直せ。じゃないけど、ああこんな考え方や生き方にはなりたくないなあっ例が結構周りに溢れてたので、とても勉強になりました。
学校でも真面目に勉強していい大学、いい就職とかって目指してやっていった結果、人を人として付き合えないような人間になり下がるなら、私は考えなしに大学なんて行くもんじゃないと思いますよ。さっきの話で15年以上前ですんで、今はもっとゼネコンの雰囲気や進学に対する考え方も多少は変わったと思いたいですけど、いつぞやのどこぞの大学ラグビー殺人タックル教唆とかどこぞの中学バレー部体罰隠蔽とかニュース見ると、まだまだあんな感じのジャイアンスネ夫のび太思想が育まれているような気もしないでもないですよ。ほんと。
少しでも自分が関係する集団にそういう古臭いというか、現実的でない?人としてくだらない?考えがちらついてたり、そう振舞わないと立場を保てないような空気感を感じるなら、身の回りの環境を思い切って変えてみることをお勧めしますよ。
もうだいぶ前だけどキノコ狩りに行ったときにあった分岐器(ポイント?)と見せかけて何かわからんヤツ。
ああ、長いもうやめた。今日はこんなもんで。
もうめんどくさいなー。笑 吉田です。
仕事中にあら綺麗。で思わず撮ったヤツ。
前回かるく予告したんですけど、私の中の考え方の流れとしてはですね。
海外へ興味を持つ人たちともっと繋がっていくべきだな。
↓
じゃあそういう人たちが繋がれる場を創ろう。
↓
youtube始めました。
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Twitterも宣伝のため始めました。
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ええ?Twitterてこんなにアホが多いの?こんな人ら相手にしていくのしんどいわ。(個人の勝手な感想)
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まあいいや。(割と引きずらないタイプ)そりゃ全ての人に理解してもらおうてのは無理だ、共感してくれる人だけ相手にすればいいや。
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じゃあもっと自分の経験から来る話をした方がわかり易いだろう。
という感じの気持ちの流れで今回から昔語りをやっていこうかなとおもっちょります。
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んで今回は「ノイローゼ職長と学歴信者現場監督の話」
15年以上前のことですけど、当時アタシが30歳手前ぐらいだったと思いますけど、広島で自営内装職人をやっていて、弟2人従業員に抱えて、「メガネ内装」って屋号で細々といろんな現場の請負仕事をこなしてたわけです。(兄弟皆メガネだったんで笑)
当時、今もかな?日本5大スーパーゼネコンとか呼ばれたりするゼネコン(general contractor ゼネラルコントラクターの略。総合建築会社のこと)があって、大きめの現場になるとよく下請けの下請けのまた下請けみたいなノリでよく仕事行くことがあったんです。私自身は弱小零細ですので直接大手ゼネコンと絡むようなことは少なく、(めんどくさいので直じゃ絡みたくもないし笑)だいたい知り合いの中堅会社の社長さんから声かけてもらって孫請けで応援に入ることが多かったんです。応援ってのは元請けから直接受けてる会社の人たちだけじゃ終わらない、廻らないような現場にヘルプに行くことですね。現場仕事されてる方ならこの辺の事情わかり易いでしょうけど、大手ゼネコンてのは何かとめんどくさいんですよ笑。現場入場前からやれ安全対策資料だ、年齢制限だ、資格証だ工具点検だと、アホみたいに書類を書かされて、その内容もすべてが責任転嫁の理由づけ、というか事故が起きた時にゼネコン側には責任ありませんよってのを約束させる書類が多いんですよね。笑
まあ、大きな企業のやり方としては正しいのでしょうけど、個人的にはあんまり好きじゃないなぁてのは当時から思ってましたね。笑
そんで、ある日とあるショッピングモールの現場に応援で入ったんです。これまた当時、雨後の筍のごとく全国各地で大型ショッピングモールを建築してた覚えがありますが、広島というか山陰、山陽地方でもいくつか並行して建設していたんです、そうするとですねすべての職種で現場の職人さんの取り合いが起こるんですね。大型ショッピングモール建設となると最盛期には一日に100種以上の業者が現場を出入りして同時に2000弱の職人が各所で作業してるなんて状況になるわけですよ。それが中国地方だけで数か所同時に建築が始まると平気で人手不足が起こるわけですよ。他の業種はわかりかねますが、私のやってた内装業に関しては、会社同士の横のつながりが盛んでしたので、どこどこの会社の伝手で九州からとか大阪から応援に来たなんて職人さん達と一緒に仕事するなんてことも珍しくなかったですね。で、とある現場に入ったと。そこは大型とは言わないまでも2フロアーの中型ショッピングモール現場でしたが、多聞に漏れず内装職人不足丸出しではあったんですが、まあよくあることですし、どこの現場でも最後には他所の現場から職人かき集めて一気に戦場状態になって終わらせるなんてパターンはザラでしたから、ここもいずれそうなるでしょうと感じながら兄弟3人のんびりやってたわけです。
その現場はもちろん大手5大ゼネコンの一角が元請けで、内装を任された子会社はどうやら鳥取の老舗内装会社で地元では「大社長」なんて呼ばれてるやり手のおっちゃんがいるらしいのですが、その人と付き合いがあって任された鳥取のおじいちゃん職人さん(当時30前の私から見たら爺さんに見えただけで60前くらいだったと記憶してますが?定かじゃない笑)が自分のクルーちゅうかお抱えの職人さんを数人引き連れて孫請けで広島まで出張で来てるという状態でした。4人だったか5人だったか?職長であるおじいちゃん職人入れてそんくらい。私らが応援で入った時点ですでに少し元請けゼネコンが指定する予定工期に遅れが出始めてた感じでしたね。
それでもまあやれるだけはやりましょうと、ぼちぼちと、予定工期に戻すために少しばかり残業したりしてやってたんです。でもまあ普通に考えて人数が足りないってのは明らかに目に見えてて、残業もなんか体裁のためちゅうか、やってますよ感を出すためにある程度時間来たら帰りましょうか?みたいなノリでやってたんですよ。実際そうするしかできませんしね現場サイドからしたら笑 今いる人数で夜中まで残業したところで疲労がたまって怪我でもしたら少数精鋭でやってる状態に穴が開いてたちまち計画大崩壊になってしまいますしね。ゼネコンの監督さん達からは常時人増やせ!夜中まで残業しなよ!って言われても私ら職人ですし、直請けしてる大社長に言ってくださいよ笑って返してたんですよ。ましてや私なんかは応援で広島で付き合いがある社長さんに紹介されてきてる者ですので、鳥取の大社長のことも知りませんし、おじいちゃん職長たちとも初対面ですから、現場の先行きを聞かれても知りませんよ。って答えてりゃよかったんですよね、立場的にも笑
いやー当時私も若かったし、広島で俺よりできる職人なんかいねえだろぐらい無駄に自信過剰でしたので(黒歴史笑)、生意気に映ったんでしょうか?できる奴にみえたのか?なぜか副職長に抜擢されまして、今考えてもおかしんですけど、普通は職長さんが連れてるグループから右腕的な人材を副職長にすると思うんですけど、この辺の流れをよく覚えて無いけど、なぜか応援で入って来た私が副職長に任命されまして、まあ副職長くらいは別にやってもいいですよって軽返事で承認しまして、このゼネコンの場合職長は赤、副職長は青のライン帯をヘルメットにつけなきゃいけない決まりで、恥ずかしいけど着けてましたよ青ラインw。
職長てのは文字通り、職人をまとめる長なわけで、毎日「職長会議」に参加して、他の業種との連携、取り合いを確認しつつ、工程に沿うように人選、適材適所への仕事の振り分けなどをこなすわけです。副職長は職長の補佐で職長が回り切れない仕事や材料の拾い出しや職人配置の補助とか、こまごましたことを自分の担当の仕事と同時にこなすぐらいのことで、職長ほど負担は多くない。はずだったんですが。
副職長にされて一週間?くらいですかね?おじいちゃん職長が現場に来ない。連絡とれない。他の鳥取職人さんたちに聞くと、どうやらノイローゼになって倒れたと。現場にはしばらくこれそうにないと。今でいう鬱病ですね。当時はそんなにメジャーな言葉じゃなかったですし、他の忙しい現場、戦場系現場でも職長ノイローゼで飛んだ。なんて話は聞いたことありましたんで、あらあらと。面倒なことになったぞと。笑
下手に副職長に任命されてたもんで、その日から職長代わりの副職長ですよ。いや状況が状況だったんで、私をこの現場に紹介した広島の社長さんにも、「吉田君。無理そうなら代わりの人間建ててもいいよ。」と言われましたが、大丈夫です。どうせならやらせてください。そんかしだいぶ助けてもらいますってまた軽返事で引き受けちゃいましてね。笑
(広島の社長さんもこれを機に鳥取の大社長さんに恩を売っておければ儲けもの。という算段があったようななかったような笑 そういう会社同士の駆け引きありますよね笑 嫌いじゃないです笑 あんまり現場の職人が考えることでもないですけど笑)
まんまと職長会議に強制参加する羽目になったんですが、ソコにノイローゼの、いやこの現場全体の原因があったんですよ。
大体のゼネコンでの大きめな現場の職長会議の場合。現場事務所に併設した仮設プレハブ内の会議室、前列のホワイトボードに現場の拡大図が張り出され、各業者の次の日の作業範囲、作業内容、人員数が並んで書き込まれ、そのホワイトボードの前にゼネコンの監督さんたちが並んで座り、一人が司会進行。各業者職長は監督さん達と向かい合うように並んで座り、各業種ごとに次の日の作業内容などの確認、取り合いの打ち合わせを発表、さらにクレーンや材料搬入リフトの時間調整、などをしていくと。現場規模にもよりますが、大きい現場だと各会社から代表者一人ずつの職長会議だけで100人以上参加、現場事務所のプレハブ満員キツキツで暑苦しいわ!とかもよくありましたよ。笑 その現場は50人くらいだったかな?忘れた笑
それぞれ各ゼネコンの会社の色や規模によっても違うし、それぞれの現場を総まとめしている現場所長によっても違うのですが、職長会議ってのはその現場の色が出るというか、雰囲気、方向性、みたいなものを色濃く映しているように私は感じてるし、色んな職人さんたちもよく言ってました。 のんびりやりましょう安全第一。みたいな空気感の時もあれば、工期絶対厳守!戦場じゃココは!な雰囲気もあります。ゼネコンの監督さんたちの雰囲気次第ですね。ゼネコンの監督の仕事の良し悪しが最も出るとこともいえます。
んで、この現場の監督さん達はかなり?ちょっと?かたよってたのかな?たぶん。
所長さん自体は大元請けであるお客さんへの対応や地域住人への対応なんかで現場にはあんまり出てこないので、その現場通してあんまり話す機会はなかったと記憶していますが、副所長?まあ所長さんのその現場での右腕的立場で現場を実際に取り仕切って廻す役割の監督さんとはほんとよく絡んだんですよ。んで、この副所長さんがガンだったんですね。笑 いや仕事はよくできる方でしたよ。細かい建築法なんかもちゃんと知ってるし、全体の流れをちゃんと理解してるし、しかしながら、性格でしょうかね?超学歴信者というか?下請け業者ををすごく見下してる感があったんですよね。苦笑
職長会議はそういった色が出て、なんともまあ高圧的というか、貴族と平民の話し合いの場ですか?みたいな笑
監督さんサイドの要求は絶対。言う事聞けない業者は出ていけ!代わりはなんぼでもおるぞ!みたいなセリフが平気で飛び交っていましたよ。いや、たまにあるよ。そういう体育会系というか上下関係強調、命令口調、下請けは黙って仕事しろ!みたいなゼネコン?というか監督。たまにおるけど、そこはもう絵にかいたような縦社会でしたね笑
ガラス屋さんだったかな?なんかめちゃくちゃいじめられてて、工程遅れ気味だったとこに材料の発注ミスかなんかでさらに遅れちゃうと、どうするじゃそれ!責任とれるんか?工場まで寝ずに取りに行けだなんだこうだと。前に並んだ監督連中から雨あられの罵声のようなヤジ。そのガラス屋の職長さんもおどおどしちゃって大汗かいてすいません。すいません。何とか増員して間に合わせます。すいません。と平謝りみたいな。なんだこの殺伐とした職長会議は?笑 初めて副職長ながらも参加した会議でビックリしましたね笑 みんな職長なんで赤いラインが入ったヘルメットで会議に参加してる中(室内ではメット脱いで横に置いとくんだけど)、一人だけ青色のラインで入って来て座ってるもんだから気持ち浮いちゃってたけど笑 「内装屋さん?あんたのとこの職長はどうした?」って聞かれるから「ノイローゼで倒れましたー。代理でーす。」と答えて。あとで他の業者の職長さんに聞いたんですけど、ガラス屋さんがいじめられる前は内装のおじいちゃん職長がいびられていたらしい。ほうほう。こいつらがノイローゼの原因か。そりゃあの感じで全員の前で監督連中から毎回まくしたてられて、更には監督連中と仲がいい?つながりの深い一部の業者の職長たちからもヤジが飛んでくるような会議に毎日出てたらメンタル弱い人はやられちゃうぜ。という感じを一発で理解できるほど、一方的な主従関係を印象づけるような雰囲気の職長会議でしたね。こりゃエライたいぎい(とてもめんどくさい)現場を担当する羽目になったな。と多少後悔しつつも請けたもんはやるしかない、変な雰囲気に飲み込まれないように気を付けよう。と考えていました。
結局、おじいちゃん職長は復帰の目途が立ちそうにないので私が完全に現場を請け負う形になり、とにかく人数が必要なのは見えていましたが、前述したように他の県でも大型ショッピングモール現場がいくつかあったので、広島の社長さんに応援を要請するも人が確保できないと。一か月は無理だと。しょうがない、一か月ぐらいなんとか今の人数で持ちこたえましょうと。
この~、中間管理職ちゅうんですかね?笑 元請けのゼネコンと下請けの社長さん達の間に挟まって現場の流れを見ながら交渉してくんですけど、こういう出鱈目に工期が間に合いそうにない現場の場合、「最終手段」として全国展開しているゼネコンさんに全国から人を集めてもらう。って方法があるわけです。しかしながら、それをやると大抵足元見られて通常の倍ほどの人工単価で、全国でも仕事が無くて暇してるような知らない職人を押し付けられて、下請け会社の儲けは削られ、さらに禄でもない職人混ざってたりして現場余計に無茶苦茶にされるなんてこともあるわけですよ。笑 なので最終手段はなるべく使いたくないという下請け社長さんの想いも組みつつ、ゼネコン監督の工期間に合わせろ!にも対処していくという、七面倒な立場をこなさなきゃいけなかったわけですよ。確かに、真面目で責任感が強い人は思い悩んでしまうのかも知れませんね。私の場合は、作業のことは管理しますが、人を集めたり、お金の流れ、会社同士の付き合いなんかは私の仕事じゃありません。って態度ではっきりしてましたんで、そんな気に病むことはなかったですよ。笑
毎日毎日お昼の休憩になるとゾロゾロと各業者の職長さんたちがプレハブ事務所の会議室に集まって主従印象づけ会議をやるわけですが笑 もちろん日に日に遅れていく内装業者の私に非難が集中するわけですよ笑 立場的には逆ギレしてもいいところなんですけど、そこは広島の社長さんやまだ見ぬ鳥取の大社長の顔もあるので、板挟みとはいえジっと我慢しなきゃいけないわけです笑 下手に言い返して「お前のとこの職人はどういう教育してんだ!」って話に持っていかれるのは目に見えてたんで、そんな「馬鹿に引っ張られて馬鹿になる」気はさらさらなかったので、間に挟まれて大変なんですよ感を出しつつ、ちゃんと説明して、他の現場もあって人を集めれないですから他の業者さんとの取り合い(内装終わってないと次の業者が入れないとか)があるところからやらせてください。今いる人数でできる範囲やってきますんで、ご協力ください。てね。
細かいこと言えば、他の業者さん、電気屋や配管屋、ペンキ屋、エレベーター屋、床屋、ガラス屋など職長会議に出るたびに顔見知りになっていくので、個人的に事情を話して、職長がノイローゼで飛んじゃって自分も大変なんスよ。助けてもらえませんか?って人情に訴える作戦を展開しつつ、そこ急いでんスね、じゃあ明日2人そっち廻して先終わらせるんで、ココんとこ、いついつまで待ってもらえませんか?とか、電気屋さんコッチのこの辺明日までに下地組み終わらせるんで、様子見て配線やっちゃってもらえません?足場崩し終わる前にかましといてもらっとくとありがたいです。とか、配管屋さんアソコまだ材料来てないんで待ってもらっていいです?監督に謝っときますんで笑とかとか。より円滑に仕事が進むように、根回し根回しで笑。そうしていくと徐々に職長会議でも的にされなくなってくるわけですよ。あいつは精一杯よくやってる的な空気に持ってくことに成功したんです。笑
そんなこんなで一か月現場把握と業者ごとの人物把握に費やしてた頃、何だったか?休憩所だったと思うけど、副所長さんとその取り巻き下っ端監督たちとさらにはそのゼネコンとズブズブの付き合いだと噂の土方の職長と喋る機会がありまして、なんかホントジャイアンとスネ夫とのび太みたいな会話を繰り広げてて笑 言うてその土方の社長職長さんはガタイもいいし、昔ながらのイカツイ系なんですよ、ほんで副所長は背のちっこい軽くおかっぱ気味の見た目全然ジャイアンじゃないんだけど喋り方ジャイアンみたいな、下っ端監督は細身で背の高いスネ夫そのまま大人になりましたみたいな笑
のび太「いやーさすが副所長、何とか終わりが見えてきましたねー」とかなんとか、
ジャイアン「まあ、アンタラが頑張ってくれてるから、次のどこどこの大きい現場も○○さん(のび太の会社名)に頼むようにするわ。次は私は所長になるだろうから指名するよー」とかなんとか。
スネ夫「いやーさすがジャイアンさんの仕切りですからねー、けどドッカの内装屋が遅れてるからそいつら次第ですよねー」とか真横にいるアタシにTHEイヤミをかましてきたわけですよ。
さすがに私もイラっときたけど、ココで切れたら今までの頑張りが水の泡だと思いなおしながらも、ノイローゼおじいちゃん職長が頭をよぎり、
「職長がいじめられてノイローゼにならんかったらココまで遅れて無いんすけどねー笑」とバカの振りして切り替えしたところ。
スネ夫「下請けなのに無責任に現場から逃げるなんておかしいだろ!大体そんな下請けやりたくなけりゃ大学いってゼネコンに就職しろよ!」
ジャイアン「うちの会社みたいに大卒じゃなきゃ入れない大手に就職しないと、君たちみたいに下請けとして体使うしかないんだよー」どうたらこうたら。
のび太「そうですよねー苦笑」
私の心の声(マジかこいつら?あたしより年上でこんなしょうもない事しか喋れんのか?マジで言ってるな。怖っ。アタシは大学行かなくてよかったなー笑 のび太?アンタ仕事貰うためとはいえソコは愛想笑いすんなよー、まああんたのとこ若い従業員多いもんねー飯食わさなねー大変ですねー社長は笑)
とか気持ちが顔に出てたのか、ちょっとイラっとしてたのか私も売り言葉に買い言葉で、
私「大卒で還暦前のじいちゃんいじめて何が楽しんスか?ごちゃごちゃ言われてても人が集まらんのは僕の仕事じゃないですからね。人さえ揃えばこんな現場、秒で終わらせますよ。笑」って言っちゃったら、ジャイアン怒気はらんじゃって。
ジャイアン「言うたの!人集めたるで!何人いるんじゃ!100か?200か?その代わり絶対工期間に合うんだろうな?あ?」ってなっちゃって。
私「50人くらいいれば十分でしょ?変な職人集められても終わるもんも終わらんなるんで、所長さんから直に鳥取の大社長に催促するように言うてもらえますか?そしたら意地で集めるでしょ?それでも足りないならよろしくです。笑」ってことになって。
次の日、急遽鳥取から大社長召喚。
実はそれまでに、広島の社長さんとしっかり打ち合わせしてて、日に日に遅れてもうゼネコンの予定工程から1か月以上の遅れが出ていて、遅かれ早かれ人間をぶち込まれる形になるのはわかっていたので、ソコは上手くゼネコンに介入される寸前で鳥取の大社長を引っ張り出そうという手筈になっていたんです。まんまと上手くいきましたよ笑
大社長と初対面。おじいちゃん職長とは長い付き合いらしい。病気になったと聞いて心配はしていたがそんな事情があったとは、すまん吉田君気を使わせたな。人は私が責任もって集めるから、悪いが最後まで終わらせてもらえるかね。とのこと。話の分かる社長さんでしたよ。さすが大社長とかよばれてるだきゃある笑
ほんでホントに次の日、どっから沸いて出たんだか50人内装職人さんご来場しました笑
ひえーでしたけど笑 なんとか廻しきりましたよ。とても楽しく仕事しましたよ笑
色んな会社から来てる職人さん達。鳥取の大社長が呼び寄せた20人近くのひとまとまりと、あとは5,6社広島の会社から数人のグループで、面識ある人もいたりいなかったり、それぞれがいろんな伝手で入って来てるから、来れる日にちもバラバラで、人間の調整が一番大変でしたね。職人さん同志でも馬が合うとか合わないとか、あの会社の奴らとは仲悪いから離れて仕事させてくれとか、この場所は仕事が延びんけぇ銭にならんでぇもうちょい儲かるとこやらしてくれえやーとか、ワシらは歳寄りが多いけぇあんまりバタバタするとこは勘弁してえよ。とか、こんな金にならんとこやらされるなんて聞いてないでぇーどうなっとんなら?とか、あの業者が文句言うてきたが喧嘩してもええんかね?とか、人物把握がほんと大変でしたよ。土地柄か職業柄か癖が強い人が多い多い。そりゃあまあ「応援」に来てもらってる立場ですからなるべく皆さんの要望には応えつつ、もちろん他の業者とも職長会議のみならずも打ち合わせしつつ、従業員の弟2人は他の職人さんに預けつつ、途中で弟一人怪我しちゃって、労災申請。スネ夫に「普通は組(ゼネコン)に黙って病院行くけどね。どういう教育してんだか?次から仕事貰えんのじゃない?」とかクソみたいな労災隠しのイヤミを言われたが取り合わず。笑 (注 最近はどうか知らんが「労災隠し」は昔は結構あった。労働災害事故が起こると警察が介入して現場が止まることもあるので、ゼネコンと口裏を合わせて現場以外でけがをしたことにする。ってのは何度か直で目撃したし、証拠はないが人ひとり死んだ事故をもみ消された現場に居合わせた人と話したこともある。実はオーストラリアでも現場仕事ではたまにあるらしい。おもいっきり犯罪ですよ。気を付けましょう笑)
途中、職長会BBQとかあって職長連中だけ呼ばれてドラム缶焼肉とかしたなー懐かしい笑
最初から来てた鳥取の部隊(おじいちゃん職長のグループ、一応本隊 笑)が内輪揉めしちゃって一人職人さんがもう鳥取に帰る!とか言い出して、何か知らんが飯に誘って人生相談みたいになったなー笑 相手年上だったけど 笑
副所長も日に日に工程の遅れが改善していくし、私の仕事はほぼ完ぺきに進めていたので笑 機嫌も良くなっていきました。(裏でしっかり根回しまくっていたので、副所長嫌いな職長さんたちはみんな私の味方をしてくれるようになってましたしね。失敗が起きても副所長の耳に届く前に皆さんに助けてもらっていましたから、副所長目線で見ると完璧に見えていたはず笑)
そんなこんなで1か月以上の遅れを50人1か月フル稼働で廻しきって、予定工期に戻してやったわけです。要は倍の仕事量を1か月で終わらせた。ざまあみろと笑
ってことがありましたね。おかげで広島では多少顔も売れまして、「ああ!あの酷い現場のメガネ内装さん?」とかその後声かけてもらえるほどにはなりました笑
思いがけず長編になっちゃいましたけど、すいません笑
学校行っても意味ないどころか害になる!って私が言ってる根拠の一つです。
いや、理解はできます。仕事のため。お金稼ぐためには、色んなやり方がある。人に合わせなきゃいけなかったり、会社の方針に合わせなきゃいけなかったり、思ってもないようなことを言っちゃったり、わかりますよ。
ほいでもよ、上下関係や主従関係を前面に出して人に高圧的に対応するのはどうなのよ?思うよ。ましてや還暦前のジジイをいじめるかね?学歴を根拠に笑 馬鹿らしい。
そういう根性を持っちゃうのって学校教育とかクラブ活動もかな?からくる競争意識の行き過ぎ系というか、縦社会、年功序列みたいなものに変に順応し過ぎた結果、それがすべての人にとって共通してるって勘違いしちゃってますよね?日本の大手と呼ばれるような企業ではこういうの未だに横行してるんでしょうか?ブラック企業とか言われ出したんで社会全体的に横行してるっぽいけど。馬鹿らしい。
私の場合は、人の振り見て我が振り直せ。じゃないけど、ああこんな考え方や生き方にはなりたくないなあっ例が結構周りに溢れてたので、とても勉強になりました。
学校でも真面目に勉強していい大学、いい就職とかって目指してやっていった結果、人を人として付き合えないような人間になり下がるなら、私は考えなしに大学なんて行くもんじゃないと思いますよ。さっきの話で15年以上前ですんで、今はもっとゼネコンの雰囲気や進学に対する考え方も多少は変わったと思いたいですけど、いつぞやのどこぞの大学ラグビー殺人タックル教唆とかどこぞの中学バレー部体罰隠蔽とかニュース見ると、まだまだあんな感じのジャイアンスネ夫のび太思想が育まれているような気もしないでもないですよ。ほんと。
少しでも自分が関係する集団にそういう古臭いというか、現実的でない?人としてくだらない?考えがちらついてたり、そう振舞わないと立場を保てないような空気感を感じるなら、身の回りの環境を思い切って変えてみることをお勧めしますよ。
もうだいぶ前だけどキノコ狩りに行ったときにあった分岐器(ポイント?)と見せかけて何かわからんヤツ。
ああ、長いもうやめた。今日はこんなもんで。


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